VOICE @KCUA

たねまきアクア 05

田中みゆき「見えない人にとって この冊子は白紙です。」

「VOICE @KCUA」@KCUAの広報誌「たねまきアクア」に連載中のコラムです。各号、さまざまなジャンルの書き手が登場します。 第5回は、キュレーター/プロデューサーの田中みゆきさんです。

黒い画面に白文字でタイトル「ナイトクルージング」駅の構内。JRの改札機にタッチして入ってくるサングラスの男性。
がっしりした体型の長身。白杖をつき、長い髪を後ろで束ね、ギターケースを背負う。
システムエンジニアでありミュージシャンの加藤秀幸。吊り革に掴まる。

生まれつき目が見えない加藤秀幸さんが映画をつくるプロセスを追ったドキュメンタリー映画『ナイトクルージング』が、先日完成しました。これは、わたしが書いた映画の冒頭の「音声ガイド」です。

そもそも映画をつくる前に、見えない人は一体どうやって映画を「観る」のか。そう思う人はまだまだ多いかもしれません。しかし実際には、点字図書館などでは映画のサウンドに音声ガイドをつけて編集された「シネマ・デイジー」というCDが貸し出されていますし、最近では「UDCast」というスマートフォンでも使えるアプリが開発され、視覚に障害のある多くの人が映画鑑賞を楽しんでいます。映画館でそのアプリを立ち上げると、映画の音と同期して、音声ガイドが流れる仕組みです。

音声ガイドとは、本編の音声だけでは把握しきれない映画の視覚的情報を言葉で伝えるものです。そこにはいくつか基本的な決まりごとがあります。①映画の音や台詞には被せない、②耳からイメージできる情報は解説しない、 ③同時性を持つ(映像を見ている人と同じように楽しめるようにする)、④人物の表情などから読み取れる心情に解説者の主観を入れない(○うつむく少女 ×悲しそうな少女)など、単に音声情報の補助としてではなく、より画を想像させる役割として、音声ガイドは位置づけられています。

言葉で聞くと簡単に聞こえるかもしれませんが、例えば何でも目に入った映像の視覚情報をその尺の中で解説しようとすると、いかにそれが難しいことかわかります。例えば冒頭の音声ガイドは、約15秒ほどの映像です。しかし、駅の広さや賑わい、通り過ぎる人たちの年齢や性別、加藤さんの服装など、すべての視覚情報を音声に置き換えようとすると、到底15秒には収まりません。そこで、主人公である加藤さんの風貌と視覚障害者であることを想起させる要素、そしてこの後の流れに重要な「サングラス」「白状」「ギターケース」を抜き出し、加藤さんの行動と共に紹介しました。最後に車内の映像に切り替わるのは、電車の音と車内アナウンスが聞こえるので省いています。こうして視覚情報に着目すると、視覚を通してわたしたちは尋常ではないほど多くの情報を同時に受け取り、必要ない情報を次から次へと絶え間なく消去することで何事もなかったかのように生きられていることに気づきます。

また、音声ガイドでは、ストーリーの流れや展開を優先するため、カット割りや構図の説明は省かれることが多々あります。ある時、興味深いことが起こりました。見えない人と音声ガイドである場面を観ていた時のことです。それは、車の運転席と助手席に座って会話する親子を車の外で横から撮影した映像でした。その場面を観終えると、その見えない人は「わたしは車の中に一緒に乗って観ていました」と言いました。見えているわたしは、どうやったってそんな気持ちで観ることはできません。また、ストーリーの中の二人と一緒に車にいる自分の姿を想像すると、その不自然さに居心地悪ささえ感じます。見えているということがいかに不自由か、そして音で観るとそんな見方があるものか、と面食らいました。

ついつい“イメージ”と言うと、見える人たちは視覚的なものと結びつけがちです。しかし、見えない人たちと接していると、視覚以外の方法でもイメージが生まれうることに気づかされます。そしてそのイメージは、わたしたちが想像するよりずっと自由で多様なものである可能性があるのです。通常あるべきものがないと思われている障害のある人が、同じ映画を観てそのようにイメージを膨らませていることを想うと、まだまだ世界は面白いとわたしは密かににやりとしてしまうのです。

2018年6月15日(金)更新

田中みゆき(たなか・みゆき)
キュレーター/プロデューサー
アートセンターにて展覧会や公演などの企画に携わったのち、フリーランス。障害を「世界を新しく捉え直す視点」として活動を展開。主な仕事に『義足のファッションションショー』(日本科学未来館、2014)、『障害×パフォーミングアーツ特集 “ dialogue without vision ”』(国際交流基金、2016)、『大いなる日常』展(ボーダレス・アートミュージアムNO-MA、2017)、『音で観るダンスのワークインプログレス』(KAAT神奈川芸術劇場、2017–)など。映画『ナイトクルージング』(2019年公開予定)にプロデューサーとして携わる。