VOICE @KCUA

たねまきアクア 07

松本久木「ソウテイ」

「VOICE @KCUA」@KCUAの広報誌「たねまきアクア」に連載中のコラムです。各号、さまざまなジャンルの書き手が登場します。 第7回は、@KCUAのフライヤー・書籍のデザインを多数手がける出版者/グラフィックデザイナーの松本久木さんです。

古くから議論の絶えない問題として、いわゆる「ブック デザイン」を漢字でどう表記するかというものがあります。ある人は「装丁」、またある人は「装釘」、またまたある人はかたくなに「装幀」を使い、いやいや「装訂」が本元なんだと主張する人もいます。それ以外にも、「図書計画」「造本設計」「装幀意匠」「装本」などを使う人たちもいて、いまだ決着のつかないところです。

また今日では、インターネット上での宣伝・広報や電子書籍での出版が定着してきたので、パソコンや電子タブレットでの見栄えや読みやすさも考慮に入れてソウテイして欲しいとリクエストされることも多くなりました。もしかしたら今後、新たな「ソウテイ」表記が生まれるかもしれませんし、全く別の表記が取って代わることになるのかもしれません。ちなみに筆者は表記がいずれであるかにはほとんど頓着がなく、入力変換の一番目に出てきた漢字でいいや、ぐらいのこだわりの無さです。その代わり、といってはなんですが、同音異字の「想定」については少し思うところがありまして、筆者のソウテイ作業における密かな楽しみであり、かつ、ソウテイの形を決める重要な通過儀礼になっているように思います。 一般的にソウテイするにあたって想定することといえば、ターゲット層やボリュームゾーン、宣伝・広報の方法とのマッチング、内容・ソウテイを含めた総合的なトレンド感や同時代性の要不要などがあるかと思いますが、筆者の場合そんな重要なことはすっとばして、今作ろうとしている本がどんな場所・空間に在るのがこの本にとって幸せなんだろうと、シチュエーションをあれやこれやと想定(ほとんど夢想ですが)してみます。

オシャレなカフェの棚にインテリアの一部として置かれるのがいいのか、あるいは、読書家で多読な人の山積みにされた積ん読本の山の上から4番目あたりに腰を据えるのがいいのか。図書館の閉架書庫の中でほとんどお声掛かりなくひっそりと時を過ごすのがいいのか、大手企業でバリバリに働く35歳ぐらいの女性会社員の本棚にまぎれこむのがいいのか。古本屋の平積みはどうだ、航海士のナイトテーブルはどうだ、探偵の胸ポケットはどうだ、道ばたに捨てられているのも魅力的か、いや、中学生男子のベッドの下が最良の地だ、などなど。そうやってそれぞれの本にとってお似合いの場所や空間を想定して、そこに適したソウテイを考えてみるのが好きなのです。その想定行為を経ると、まだ見ぬ本であるにもかかわらず、既に著者や読者や出版社やソウテイ家から自由になって、ひとつの……なんと言えばいいのか、独立した命あるひとつの存在として感じられ、敬意や気遣いや親しみや憂慮や、時には畏怖の念を抱いたりします。まだ何も出来ていないのに。 実際の作業に入ればソウテイはどこまでいっても技術の産物となります。ソウテイ家自身の意匠する技術はもちろんのこと、機械的な技術、手工業的な技術、そして今日では必須ともいえる情報技術などの集約と組み合わせの作業なので、その中身は具体的かつ合理的な方法の選択であり行使になります。おのずと想定する内容も変質し、より現実的・効果的・経済的で確度の高いものになっていかざるを得ません。解剖台の上に置かれたミシンとこうもりがさの不意の出会いのように美しいソウテイってどんなだろう、なんてバカなことは言っておれません。

けれど時に感じることは、ソウテイにおいての実際的な判断や決定や実行には、夢想妄想といえるような想定や思考実験や夢物語みたいな暴想力(今つくりました)も必要ではないかと思うのです。なぜなら、形になったものの豊かさと強度は、形にならなかったものの豊かさと強度に比例するのだと感じられるのです。たとえそれが実現することがないと明白であっても、目に見えないものや人に正確に伝えることができないもの、あやふやだったり蒙昧だったりするなにがしかたち。あるいは趣味嗜好に偏重した着想なども取り入れて何度も試行することが実際のソウテイに想定「外」の効果をもたらすのだろうと思います。本が物体としての本である必要性・優位性、そして読書体験としての予測不可能性はそこらへんにあると思うのです。

2020年3月31日(火)更新

松本久木(まつもと・ひさき)
出版者/グラフィックデザイナー/松本工房代表
2007年より出版・組版・グラフィックデザインを主軸として活動を開始。クライアントは文化的・芸術的領域の団体や機関が多く、仕事内容は主に、芸術関連施設での展覧会やイベントのデザインワーク、演劇・古典芸能・ダンスなどの舞台芸術の広報デザイン、大学・研究所・文化施設の広報物及び出版物の制作、人文・芸術・アート分野の出版及び装丁などとなる。緻密かつ繊細でありながら大胆で強い印象を与えるヴィジュアルイメージの構築と、深いコンテクストを持った抽象性の高いデザインワークに定評がある。