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中ハシ克シゲ|大津のアトリエ

中ハシ克シゲ|大津のアトリエ

「日本の彫刻」をめぐって多岐にわたる活動を展開してきた中ハシ克シゲさん。2020年春に京都芸大を退任された後は、滋賀県大津のスタジオで制作に没頭する毎日。思考を促す日々のルーティンや、ユニークな制作環境の作り方、そして現在取り組まれている作品シリーズについてお話を聞きました。 (インタビュー実施日:2020年7月20日)

大学退任後のアーティスト生活

楽しい!!正直、もっと早く辞めても良かったなと思っています(笑)。若いころは非常勤だったので、週に1日か2日勤務をして残りの時間は制作のみをやるという、主に制作中心の日々を過ごしていました。僕は教えることが嫌いじゃなかったし、若い人と話していると、こちらも若い気持ちになったりして、話しているうちにアイデアが生まれてくる。だから授業も楽しかったですね。

専任になると、当たり前のことですが、京都市立芸術大学という着ぐるみを着せられるわけですから、なんというか、それらしい振る舞いが求められるわけです。それがだんだん重荷になっていました。スタジオにいると、その着ぐるみを脱いで、中ハシ克シゲになれるわけです。大学でも中ハシ克シゲでいたらいいのでしょうが、なかなか折り合いがつきませんでした。

退任後も、実は科研費をもらったプロジェクトが続いているので、厳密に言えばまだ100%アーティスト生活に戻ったわけではありません。そのプロジェクトでは、高校生ぐらいが読むと面白いような、奥行きをテーマにした美術の入門本を書いています。僕は彫刻を担当していて、今は、毎週金曜がそのテキストの締め切りですね。

  • 「〇〇スル」と行動別に分類された道具棚は、直感的に探せるためだという。ブロックと板ですぐに解体できるスタイルも中ハシのこだわり
  • 昔から何度も読んでいるという『ロダンの言葉抄』(岩波文庫)

スタジオでの過ごし方

スタジオでは、お昼頃まではいつものルーティンワークがあります。昨日の写真をまとめたり、日記を書いたり。実は僕、3種類の日記をつけているんです。制作の日記と、普通の日記と、その日あったことを資料として記録するスケジュールとしての日記。普通の日記は10年以上前からやっています。

毎年、同じ日付の日記を同じページに書き足していっています。日記は万年筆で書いていて、毎年インクの色を変えているので、何色が何年に書いたものかがすぐわかるようになっています。そして、何年か前の僕の日記に今の僕がコメントを書くんです。去年書いたコメントも残っているから、ひとつのページに、何種類もの僕がいることになる。

日記はラベリングされたバインダーに整理される
父親をモデルにしたブロンズ彫刻がスタジオに鎮座。「これを置いてると、親父と一緒にいるみたいな気分になる」と語る中ハシ

一人でやっていると自分がわからなくなるから、こうすると客観性がどんどん出て来て、今の自分のことがより理解できるようになるんです。例えば、自分の癖もわかってきますよ。また同じことで悩んでるな、とかね。

普通の日記には、いろいろなことを書いています。例えば、自分の娘のことや父親のことなど、いわば全人格的なものです。一方で、制作の日記は制作のことだけに集中しています。いま取り組んでいる粘土の作品は、作ったら壊すことも多いので、それらの記録にもなっています。

  • 本日のスタジオでの行動も日記化して掲示される
  • 手厚く飼育されているつがいのアローカナ。卵を産むそうだが、今日は残念ながら”無し
  • しかしインタビュー中に産卵したようで、帰り際に卵を発見!

日本の彫刻とは何か

当初からずっと、日本の風土や日本人でしか作れない彫刻を作りたいと思っていました。でも受けた美術教育は西洋のロダン直系みたいなものでしたから、手はそういうふうに動いてしまう人間でした。でも、現代美術のフィールドでは、違う頭の動きをさせなくちゃならないでしょ。それが僕にとってはとても新鮮で、意外にすぐに作品ができていきました。

僕の作品で、松の作品がありますよね。葉刈りしているような松は日本人しか作らないだろうと思ったんです。

あるとき、家の庭の小さな松を植木屋さんが刈り込んだのですが、仕上がったものを見ると、判を押したような見た目で、ポップな感じすらしてワビもサビもまったく感じられなかった。本当はかすみの中にあるような幽玄な松であればいいのだけど、住宅地の松なので、形骸化していて様式だけが残っている状態です。そういう松を作ったらどうだろうと思ったの。それが始まりです。

  • 中ハシ克シゲ《OTOMI》1990年 東京都現代美術館蔵 撮影:大谷一郎
  • 中ハシ克シゲ《Second Marriage》1990年 和歌山県立近代美術館蔵 撮影:大島拓也

でも次第に、それは間違っているんじゃないかと思い始めました。ずっと僕は日本の彫刻を作りたいって思ってきたのに、日本の生活空間に入る彫刻をなぜ作らないんだろうとね。今まで作ってきたものは、日本の生活空間に入らないし、まったく馴染まないんです。そもそもミュージアムピースっていうのは西洋の概念ですから。

試しに、これまで作った彫刻の中で家に置けそうなものを、いろいろ試しに置いてみたんですがまったくダメでしたね。異様な気配がして、家族はみんな怖がるし。

例えるなら、家に獣がいるような感じです。外で飼っている犬を家の中に入れたら、悪臭でたまらないでしょう。普通の住宅は壁厚もなくペラペラなので、ブロンズ彫刻はあまりにも強すぎて、自分のものでさえ、どんな小さなものでさえ、日本の家には合わないんです。

中ハシ克シゲ《Nippon Cha Cha Cha》1993年 福岡市美術館蔵 撮影:内田芳孝

粘土へのチャレンジは、日本の彫刻を更新すること

実は、粘土の仕事をしたいなと、長い間思っていました。でも粘土というメディアには歴史があるので新しい表現を作るのはすごく難しいんです。いま、僕のやっている粘土のモデリングは、粘土と粘土の間の関係でできる即興的なモデリングで、意識的に同じものを手で作ろうとしてできる形ではありません。

これまで自分は、ロダン経由のモデリングで彫刻を作ってきました。小錦とか、日本人でしか作りたいと思わないようなものをね。でもモデリング自体は西洋から来ている手法で、根底では繋がっているわけです。モデリングの歴史はものすごく厚くて広くて、それに新しい方法を見出すことはなかなか思いつくことではないし、大変難しいことです。でもこの方法はまだ誰もやっていないなと思っているんです。

僕は、彫刻にとって「奥行きの感覚」というのはとても重要だと考えています。彫刻のボリュームとは内側からこちらに向かってくる力なので、輪郭線で作った彫刻には力がないですよね。この粘土のモデリングは、この内側からの力がある彫刻だと思っています。

ただ、粘土は乾くと壊れちゃうという性質があるので、このために新素材を作りました。この粘土は、もともと水粘土なのですが、乾くとそのまま固まって実材として使えるのです。干泥と名付けました。

  • 前日に作られていた粘土彫刻
  • 同じ形に作ろうと思って作れる形ではない形

これは、床の間に置ける彫刻なんです。それでいて、置物という感じもしない。畳のある広間にも、ぴったり合いますよ。実は、盲学校の子供達とリモート授業を行って、この粘土を使って新しい触覚彫刻の授業をしました。目の見えない人は素晴らしい触覚感覚を持っています。目の見えない世界的な素晴らしい音楽家はいます。ですからこの触覚を使った目の見えない素晴らしい彫刻家がいてもおかしくありません。今まで何故いなかったというと、型取りや芯棒を自分でつくることが困難だったからです。この粘土はその必要がありません。愛媛県立美術館において「見ることを考える」(2021/2/6–3/7)という企画で、私が盲学校の子供達とつくった彫刻が展示されます。見えることが彫刻鑑賞の障がいとなるような触覚彫刻の作品が生まれることが夢です。そしてこの粘土が普及されることがすなわち、日本の風土への彫刻の浸透とつながるだろうと思います。

いま取り組んでいる粘土のモデリングは、自分のために作っているということは間違いありません。相手や展覧会がなくても作り続けていくことができるものです。日記があるし、自分の中に日々新しい考えが生まれてくるので、それは楽しいことですよ。

2021年2月27日(土)更新

中ハシ克シゲ(なかはし・かつしげ)
1955年香川県生まれ。様々な教育機関で教員を務めたのち、2005年から京都市立芸術大学美術学部常勤教員。2020年に同学教授を退任。1980年代に身近な人物や動物をモデルにした具象的なブロンズ彫刻から出発。1990年代に入り、松や板塀など日本的モチーフを扱ったポップでキッチュな金属彫刻で注目を集める。1990年代末からは、プラモデルのゼロ戦を接写・拡大した写真プリントを貼りあわせたハリボテの戦闘機を展示・焼却するという「ゼロ・プロジェクト」を国内外で展開。近年は、自身の原点である塑造に立ちかえり、粘土による実験的な制作を続ける。何度か大きく作風を変化させつつも、明治期に西洋流の彫刻を移植した、いわば彫刻なき国・日本の彫刻とは何かを一貫して問い続けている。
主な展覧会に「第3回アジア太平洋現代美術トリエンナーレ」(クイーンズランドギャラリー/オーストラリア、1999年)、「あなたの時代」(西宮市大谷記念美術館/兵庫、2000年)、「Super Flat」(MOCA /アメリカ、2001年)、「ZEROs─連鎖する記憶̶」(滋賀県立近代美術館、鳥取県立博物館、2006–2007年)などがある。主なパブリックコレクションに、神戸市、兵庫県、大阪府、国立国際美術館、米子市美術館、東京都現代美術館、福岡市美術館、兵庫県立美術館、和歌山県立近代美術館、鳥取県立博物館、Douglas F. Cooley Memorial Art Gallery, Reed Collegeなど多数。2015年度京都府文化功労賞。2020年度京都市文化功労賞。