INTERVIEW @KCUA

横内賢太郎|「変化」を求める旅の行方(後編)

聞き手:藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAチーフキュレーター/プログラムディレクター)、岸本光大(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA 学芸員)

「文化的接ぎ木」をキーワードに、さまざまな文化的・歴史的背景を持つイメージを自身の作品の中でつなぎ合わせることによって、それらが混交し、変化していくさまを表現してきた横内賢太郎さん。その関心は学生時代から一貫して「変化」にあります。出会いがもたらす変化を追っていくうちに、その活動は作品制作だけにとどまらず、2014年から5年間活動拠点としてきたインドネシアのジョグジャカルタでの自宅をアートスペース「Artist Support Project」として、展覧会やイベント、アーティスト・イン・レジデンスなどの運営も行うようになりました。「いつもワクワクしていないといけない」という横内さんが「変化」を求める中で出会ってきたさまざまな人々、物事、またそれらの出会いが作品制作にもたらしたものなどについて、お話を伺いました。

(「前編」はこちら

インディゴとの「出会い」

2018年くらいからインディゴのペーストを使うようになりました。最初は今のような形ではなく、絵具に混ぜたりして使っていました。インディゴはインドネシアのローカルな農作物でもありつつ、植民地時代の強制栽培作物として輸出されていたという歴史もあります。藍は世界中にあるので、さまざまな関連性が引き寄せられもする。それに、藍のペーストのザラザラした風合いや、手でガーッと擦れば、手触りを残しつつフラットにできる感じが、前に使っていた西洋絵画の下地、白亜地にすごく似ていたんですよね。成分に似たような石灰分があるのだと思います。自分の認識の中ではありますが、インドネシアのものでありつつ、西洋的なものにも似ているというのが、すごく両義的というか、そういうものとして扱えるということもあって、だんだんしっくり来たように思います。今は、人のふるまいをモチーフにしています。自分は環境に結構影響されるので、そこで目にする人のふるまいを描いている、という感じでしょうか。

参考にしているヤン・ライケン『西洋職人図集』には歴史的というか、西洋的なコンテクストも含めた、いろんな職業に携わる人のふるまいが描かれています。自宅にいて人生のことや仕事のことを考えていた時に、これらの絵を見ながら、この仕事は何だろう、と考えたりしているのが面白いなと思って、これらの職業の絵を司馬江漢のように、300年経った今のオランダで描いてみよう、みたいな感じですね。自分の絵は本当に断片的で、抽象的になるので、これが何の仕事だ、というのはもちろん認識はできないんですけど。それはあまり自分は気にしてないというか。いろんな視点や感触を画面にのせているので、もともとはこうだったんです、くらいの感じ。振り返ると2002年頃、大学院に入った頃は抽象絵画を描いていたのですが、その時の何かを生かせるかもしれない、とも思っています。

  • ヤン・ライケン『西洋職人図集——17世紀オランダの日常生活』小林頼子訳著、池田みゆき訳、八坂書房 、2012
  • アムステルダムのアートスペース、puntWGでの制作風景

愛知で展示したインディゴの《Human Behavior 失われるもの、暖かい⾵、⼈称変化、繰り返し》では戦争の記憶みたいなシーンも描いたりしているのですが、こういうかわいらしい絵を描いたりしている一つの理由は、インドネシアの9歳から10代前半くらいまでの絵を勉強していた子たちが、オランダ軍なり日本軍なり、戦時中の様子をスケッチしている絵の画集に出会ったことです。その子たちは物売りをしているんだけど、その合間を縫ってパッと描いて絵を完成させているんです。その画集を見ていたら、イメージはすごく単純化されているんですけど、あ、この人は現地の住民で、座ってるんだなとか、軍隊っぽい緑の服を着た人が立ってて銃みたいなのを持っているな、とか飛行機が飛んでいるな、とか、何かが燃えているな、とか、素朴なんだけどすごくリアリティがある絵だったんです。

横内賢太郎《Human behavior 失われるもの、暖かい⾵、⼈称変化、繰り返し》(2019)紙にインディゴペースト、テンペラ、75 × 55 cm × 25 sheets (部分写真)

それを見て、ああそうか、そんな細かな描写は要らないんだな、って思ったんですよね。その状況みたいなもの、リアルさみたいなものが描けるといいんだなと思って。それを参考にして、インディゴの作品では細かな描写ではなくて、そういうある種のリアリティが伝わる状態を目指しています。これが何とかのシーンです、みたいなのは別にいいと思ってて、なんだろうこれ、でも妙に生々しいな、とか、なんかわかるな、みたいな感じがいいなと思って。そこにはたぶん人間のふるまいのかなしさとか、おかしみもあるなと。まあ、理想ですけどね。

少し先の目標としては、司馬江漢が絹の上に自作の油絵具で描いたような、絹本油彩をやりたいと思っています。いまはサテン地の作品と、インディゴの作品を作っていますが。常に自分は、ちょっと違うタイプの作品を並行して手がけているんですが、それらをどこかでクロスさせられるのかどうか、みたいなことをいつも考えています。実は以前にちょっと絹本油彩をやったのですが、まだ少し早いかなと思ってやめていて。だから紙の上にインディゴとテンペラで描いてるんだけど、司馬江漢の作品みたいなのっぺりした独特の質感というか、感覚として変な、ちぐはぐな感じのものを作りたいなと思っているんですよ。それはずっと変わりませんね。

  • アムステルダムのアートスペース、puntWGでの制作風景

Artist Support Project

インドネシアに行ってから一年後ぐらいに、ちょうど引越しをするタイミングがあったんですよね。はじめは大学のすぐ裏にある村の中に家を借りて住んでたんです。もう本当に村の中にどっぷり浸かろうと思って。でも、一年近く住んで、もう良いかなと思って。今度は街に行こうと思って。村から2、30分行けばもう街中なので、そんなに離れていたわけでは無いんですけどね。街中の方には、いわゆるコレクティヴの人たちがやっているスペースとか、ギャラリーがあって、その近くで家を探しました。

インドネシアの家賃ってすごく安くて、月2万も出せばかなり良い物件が借りられます。ジョグジャカルタのアートシーンは割と盛んなので、展示できるようなスペースは予定が埋まっていて、発表する場所を探すのには意外と苦労するんです。毎年開催されている「アートジョグ」という大きなアートフェアがあるんですけど、その時期になると特に。だったら自分で場所を作って、勝手にアートジョグの時期にやろうと思って、自宅として借りたスペースで2015年の6月に「Artist Support Project」(以下、ASP)を始めたんです。一番最初の展覧会として、インドネシアに来るときにいろいろとお世話になった廣田緑さんと一緒に二人展をしました。タイトルは、自分も廣田さんもインドネシアと日本に関連する作品を作っているので、「痕跡」という意味の三つの言語、インドネシア語、英語、日本語で、「membekas – trace – 跡」にしました。それ以降は、定期的に展覧会やワークショップ、プレゼンテーションを開催してきました。

  • Artist Support Project

2017年の夏に、美術館みたいな大きなスペースで展覧会が出来るという話が来て、はじめは自分も制作者として参加するつもりだったんですけど、それだとキュレーター的な役割の人がいない、という状況で。まとめ役は現地にいる人でないといろいろと不都合も多いので、廣田さんの知り合いで、あいちトリエンナーレなどにも関わっていたレオナルド・バルトロメウスさん(2020年現在はYCAMに所属)にお願いして、自分と二人体制でキュレーションをすることにしました。それで、17名のアーティストを出展作家として「Seeds of Memory: Japanese Artists in Yogyakarta」という展覧会をやったんです。いずれもジョグジャカルタもしくはインドネシアに関わったことがある作家さんです。自分は運営者として関わっていたんですけど、家に泊まってもらったりレジデンスしてもらったりしながら現場の仕事をして、この展覧会に関わってくれていたインドネシアの子たちも、リサーチに関わることによってアーティストと考えを共有しながら仕事を進めていて、その中でのリアクションというか、関わり合い、関係性が生まれるのがすごく面白かったんです。

「Seeds of Memory: Japanese Artists in Yogyakarta」(記憶の種)

出展作家:芥川真也、今村哲 with P(art)Y LAB、上田靖之、小沢剛、梶浦聖子、加藤真美、北澤潤、栗林隆、高屋佳乃子、竹村京、為壮真吾、trānsférimus (廣田緑、中尾世治)、早川純子、古橋まどか、mamoru、丸倫徳、山上渡

レクチャー「日本の近現代美術」
天野一夫

古橋まどか(iCAN)、栗林隆(ARK Galerie)

2019年にはASPでレジデンスをしてくれた松本散歩さんがつないでくれたのをきっかけに、また自分がまとめ役になってニューヨークで「Collective Storytelling」という展覧会をやりました。8月17日はインドネシアの独立記念日なんですが、その日にオープニングをすることにして、P(art)Y LABというインドネシアのグループが植民地時代の記憶を題材にしたパフォーマンスを王宮の白い城壁跡でしている様子を、ニューヨークのギャラリーに中継で流しました。そのあと、栗林さんの監修で、瀬戸内国際芸術祭でも「Collective Storytelling」(旧伊吹小学校)として展示をしました。また、2020年1月に自分が愛知県美術館で展示をしたときにも、N-MARKさんで同時開催展ができることになったので、D.D.(今村哲さん・染谷亜里可さんのユニット)さんと、P(art)Y LABとのコラボレーション展をお手伝いしました。

  • 瀬戶内国際芸術祭 2019 旧伊吹小学校教室 栗林隆 監修 「伊吹島ヤタイトリップ・プロジェクト」 インドネシア・ジョグジャカルタにあるASP(アーティスト・サポート・プロジェクト)による展覧会「Collective Storytelling」

ASPは自分の家だけど、P(art)Y LABのフォレストとか、仲の良い何人かには鍵を渡してるんですよね。それで、自分が日本に行っていて不在の時には、彼らがメンテナンスとかレジデントの様子も見てくれてたりとかしているんです。ときどき、自分の家なのに人がいつもいる、とか、誰かが料理したり歌っていて制作に集中できない、と思うこともあるんですが(笑)。でも成り行きの中で生まれてくるのが良いなと思っているので、特にルールは設けないことにしています。まさか自分もこんなことをやると思っていなかったですよ。不思議なものです。自分は博士課程に入るまでは、ものすごく無口だったんですよ。友達とは話すけどそんなに自分から何かを喋るタイプではななくて、大学では制作しかしていなかった。博士入学と同時に京芸の非常勤講師をさせてもらったんですが、そうなると学生の人たちと喋ることが必須じゃないですか。あと、博士課程の論文指導の先生たちに、自分はこんなことをやっているんですよ、ということを話して理解してもらわないといけない状況などもあって、だんだんと自分の制作の話を話す機会が増えていくうちにこんなにお喋りになってしまった(笑)。要は必要性とか周りとの関係ですよね。

アートスペースを運営していると、いろいろな作家さんが関わることになるので、自ずとその考え方を学ぶことになります。また、自分の制作だけでは知り合えない人に知り合えるのが面白いと思ったんですよね。こういうアートスペースをやっています、と言ったらそれに関心を持ってくれる人と話ができたりして、その中で自分の関心事に文化的な変化が起こったりするので、良い意味で広がりがもたらされるというか。でも、その環境だと自分自身の作品制作に集中するのは難しくて。制作中にはあまり情報を入れたくないときもあるし。そのバランスをとるのが最初は難しかったですね。表現というのか、何か形を作るって、時間がかかると思うんですよね。他の分野と比較すると、美術って何かを作るまでの学習過程が長いと思うんです。学者さんが、ものすごく勉強して、勉強してようやく何かが形になるっていうのと似たようなところがあるんじゃないかな。自分は運よく、いろんな人に知り合えたり、いい先生に出会えたり、インドネシアに行ってもいろんな出会いがあったりして、なんとなく今まで進んでくることができたんだと思います。人と関わりつつ自分の制作をするみたいなことをやっていくうちに、自分の制作のスタイル自体が日本にいるときとは変わっていきました。三重県にいた時になんだかいろいろ悩んで孤独感があったのとは違って、家にいたら常に人がいて、誰か来ていたから。そういうことを経てオランダに来て、久しぶりに自分の制作に集中できています。ああ、自分は作家だったな、みたいな感じで、初心に戻るような気持ちがしていますね。

2020年9月03日(木)更新

横内賢太郎(よこうち・けんたろう)
1979年千葉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業、2007年京都市立芸術大学大学院博士(後期)課程油画領域修了。2014年よりポーラ美術振興財団在外研修員でインドネシアに渡り、その後ジョグジャカルタに移住。作品制作と並行し自宅を改装したアートスペース「Artist Support Project」を運営。2020年春よりオランダに拠点を移す。光沢のあるサテン布に染料やメディウム等により滲みのある独特な画面を作り、東洋に対する西洋の関係性あるいは、交わりをあらわにする。主な展覧会に、「横内賢太郎 CONTACT」(愛知県美術館 コレクション展示室、2020年)、「Lintas House / ASP from Yogyakarta, Indonesia」(Basara House、大分、2019年)、「Collective Storytelling」(瀬戸内国際芸術祭、2019年)、「Collective Storytelling -Contemporary Art from Yogyakarta, Indonesia」(Synesthesia、NY、2019年)、「大和コレクション VII デイ・ドリーム つむがれた記憶」(沖縄県立博物館・美術館、2015年)、「キュレーターからのメッセージ 2012 現代絵画のいま」(兵庫県立美術館、2012年)、「桃源万歳——東アジア理想郷の系譜」(岡崎市美術博物館、2011年)、「MOT アニュアル 2010」(東京都現代美術館、2010年)、「VOCA 展 2008」(上野の森美術館、2008年)など。岡崎市美術博物館、東京都現代美術館、豊田市美術館、高松市美術館にパブリックコレクションがある。