REPORT @KCUA

たねまきアクア 06

ジェン ・ボー

Text: 藤田瑞穂(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA チーフキュレーター/プログラムディレクター)

ジェン ・ボー

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAでは毎年、国際的に活躍する海外作家の創造と実践に触れる機会として、展覧会やワークショップ、レクチャーなどを実施しています。 2019年度は、中国のソーシャリー・エンゲージド・アートにおいて最も注目を集めている気鋭のアーティスト、ジェン・ボーを招聘し、6月から7月にかけて個展を開催します。 2013年から雑草などの植物を用い、史実や社会現象などを考察する作品を手がけるジェンは、数多くの国際展に参加するなど精力的に活動しています。映像作品《Pteridophilia》シリーズの最新作が発表された第11回台北ビエンナーレの開幕に合わせて台湾で、また2019年1月には京都にジェンを迎え、このプロジェクトに向けての準備・調査を行いました。

2018年の11 月、ジェン・ボーの案内のもと、《Pteridophilia》*のシリーズの撮影場所である台北郊外の森を訪れた。年間を通じて湿度と温度の高い台湾の環境のもと、多くのシダ植物が伸び伸びと生い茂っている。この日は朝から小雨が降っていた。静かなこの森の中では、傘に落ちる雨音がやたらに大きく感じられる。撮影に使ったシダが新しい葉を伸ばしているのを一つ一つ確認しては安堵しているジェンの背中を追いながら、森の奥へと進む。

「このシダの森では、一年を通して風景はそれほど変わらない。作品ごとに季節を変えて撮影すると、音だけが違って聞こえることになるんだ」とジェンは言った。私はしばらく傘をさすのを止めて、耳を澄ましながらあたりを見渡した。森に降るやわらかな雨が奏でる響きは心地よく、葉から水滴が滴り落ちる様はとても美しかった。

 

*《Pteridophilia》(2016–)

2016 年の台北でのアーティスト・イン・レジデンスでのリサーチを契機として始まった映像作品のシリーズ。 “ pterido- ”は「シダ」を意味する接頭辞、 “ -philia ”は「あるものに対する愛情又は嗜好性」を意味する接尾辞で、いずれもギリシア語由来。台湾においてシダは、原住民に古くから大切にされるなど歴史的にも重要な植物である。台湾が日本の植民地であった時代に移住してきた日本人の画家たちが、台湾の美しい花々に魅せられたこと、とりわけ第2 次世界大戦の終戦間際に日本軍が、また終戦後には中国本土からやってきた国民党が、食用シダを救荒植物として用いたことに着想を得たジェンは、人間と植物との共存関係について考察する《Pteridophilia》の制作に着手した。権力、統制と服従などが政治、性愛、そして生態学においてどのように現れるかを探ってきたジェンは、胞子が発芽して形成される前葉体で受精することによって増えるシダ植物を「クィア」な植物と定義し、これらと「クィア」な人々との親密な関係性を描くことで「エコ・クィア」の可能性を探求している。

Zheng Bo, Pteridophilia 1 (2016)

ジェンが京都にやってきたのは、それから約2ヶ月後の1月末のことだ。ちょうど、昼下がりから大粒の雪が降った日で、いつも見慣れた景色が、雪によって新たな表情を見せていた。思えばそれはまるで、ジェンがもうすぐここにやって来ることを示しているかのようだった。街の中に潜む小さな物事や、ささやかな変化を、彼は決して見逃さない。ジェンと一緒に歩くことで、良く知っているはずだった場所にも、まだ知らないものが多くあることに気づかされる。そんな数日間の始まりだった。

今回の京都滞在中に、必ず彼に見てほしい場所があった。それは、京都市立芸術大学の移転予定地である崇仁地域である。これまで特に明言はしなかったが、私にとって非常に重要であるこの場所で、彼となら何か素敵なことが実現可能なのではないか、との密かな期待をもっていたからだ。ゆえに、私は半ば意図的に、帰国の1日前に崇仁地域を訪問する予定を組んでいた。滞在中に訪れたどの場所よりも、ここに興味を持ってくれたら、という願いを込めて。

崇仁の街を巡りながら、ジェンは雑草の駆除が行われた形跡のない場所が至る所にあることに驚いていた。そして私はお気に入りの「雑草の庭」の数々に彼を誘った。たくさんの空き地、広い小学校の校舎……

ジェンは、その日一緒に歩いていた芸術資源研究センターの佐藤知久准教授と私に、この状況がいかに豊かなものであるかを説いた。これまで私は、京都芸大の移転計画以前から、そしてその計画が進むにつれて一層、崇仁の街にあったものがどんどん失われていくことや、キャンパスがここに来ることによって変化していくことばかりに気を取られていて、「豊かさ」という視点ではこの場所を見ていなかったかもしれない。「非常に特殊で、恵まれている」とジェンは重ねた。

その日の午後、崇仁地域の歴史資料館である柳原銀行記念資料館を訪れ、山内政夫事務局長にお話を聞いた。ジェンは非常に熱心に、多くの質問をした。それから一緒に外へ出て、高瀬川周辺を歩きながら二人は話を続けた。この川を、月に一度掃除をしていること。その掃除の際、雑草はそのままにしてゴミだけを取り除いて生態環境を整え、やがて20種類以上の生き物が川に集まってくるのを目指していること。そして二人は、自然と人間が共存する豊かなまちづくりがいかに大切かを語り合った。

ジェンが京都にいたのはほんの数日だったが、あらゆるものに向ける、彼の優しくも真摯で鋭いまなざしを間近に感じたこの経験は、彼とのプロジェクトそのものに限らず、今後の自分自身の意識をも何かしら変化させていくような気がしている。この京都滞在の初めに@KCUAで行った、中国のソーシャリー・エンゲージド・アートに関するレクチャーでは、会場から「なぜ政治的な活動を「アート」として行わねばならないのか、それを「アート」と呼ぶことで、自ら制限を加えているのではないか」との質問があった。もちろん、現在の中国の状況では、「アート」という曖昧な枠組みでしか許されない活動も多々あるだろう。しかし、アーティストが物事を見つめる視点、触れる手つきには、いわゆる「正攻法」ではないが故の不思議な力が秘められていると私は常々思っている。「クィア」という言葉を、性的マイノリティを示す狭義としてではなく、定義を拒む流動的なものとして解釈するのであれば、ジェンが《Pteridophilia》において探求する「エコ・クィア」の可能性とはつまり、アートそのものの可能性にもつながるものだ。ジェンとのプロジェクトはまだ過程の段階ではあるが、彼と並走することによって現れる未知なる何かを、私は心から待ち望んでいる。

2019年3月25日(月)更新

ジェン ・ボー(ZHENG Bo/鄭波)
1974年北京生まれ、香港在住。アーティスト、研究者、文筆家として活動。地域の歴史についての緻密な調査から、政治的な史実、アーカイブなどの過去の事物の調査にそれらを結びつけ、雑草などの植物と協働しながら未来について考察する作品で知られる。彼は良き人新世のために、生態学的な叡智を求めて修行中である。